東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1172号 判決 1987年8月06日
第一一六八号控訴人 第一一七二号被控訴人(第一審原告)
小林春三
同 (同)
小林ミヨシ
右両名訴訟代理人弁護士
松澤宣泰
第一一六八号被控訴人 第一一七二号控訴人(第一審被告)
大東京火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
塩川嘉彦
右訴訟代理人弁護士
安田昌資
同
中杉喜代司
主文
第一審被告の控訴に基づき、原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。
第一審原告らの右部分の請求を棄却する。
第一審原告らの控訴を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告らの負担とする。
事実
一 当事者の求める裁判
1 第一審原告ら
(第一一六八号事件控訴の趣旨)
(一) 原判決中第一審原告ら敗訴部分を取り消す。
(二) (第一次及び第二次請求)(当審において請求を減縮した。)
第一審被告は、第一審原告小林春三に対し、さらに一六〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第一審被告は、第一審原告小林ミヨシに対し、さらに二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) (第三次請求)
第一審被告は、第一審原告らに対し、さらにそれぞれ三九八万一二三五円及びこれに対する昭和五七年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。
(五) 仮執行宣言
(第一一七二号事件控訴に対する答弁)
控訴棄却
2 第一審被告
(第一一六八号事件控訴に対する答弁)
主文第三、四項同旨
(第一一七二号事件控訴の趣旨)
主文第一、二、四項同旨
二 主張
当事者双方の主張は、原判決の事実摘示を次のとおり訂正の上引用する。
1 原判決五枚目裏一〇、一一行目及び六枚目表一行目の各「二一一九万」を「二一一四万」に、六枚目表一行目の「一二九三万」を「一二八八万」に、同三行目の「二七八一万」を「二七八六万」に、同一〇、一一行目の「同月一六日から昭和五八年一月一六日まで」を「同日から一年間」にそれぞれ訂正する。
2 同七枚目表八行目の「よつて」から八枚目表三行目末尾までを、
「よつて、第一審原告らは、第一審被告に対し、第一次的には本件保険契約に基づく直接請求として、第二次的には第一審原告らが小松地所に対して有する損害賠償債権に基づき同社に代位して(この場合、被代位者小松地所の無資力は代位請求のための要件ではない。仮に要件であるとしても、同社は無資力である。)、第一審原告小林春三については前記損害未填補額二七八六万〇〇〇三円の内金一七〇〇万円、第一審原告小林ミヨシについては前記損害未填補額三一四六万九四六二円の内金二一〇〇万円とそれぞれこれに対する事故の翌日である昭和五七年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と改める。
3 同一〇枚目裏一行目の「砂田輝夫」を「砂田輝男」に、一三枚目表五行目の「事故の約一週間後」を「昭和五七年一月二〇日頃」にそれぞれ訂正する。
三 証拠<省略>
理由
一第一次及び第二次請求について
第一審原告らの第一次請求及び第二次請求を認容できないことは、原判決(一七枚目表二行目から二四枚目表八行目まで)の説示するとおりであるから、これを引用する。
二第三次請求について
1 立石及び真下が第一審被告の従業員であつたことは当事者間に争いがなく、立石が昭和五七年一月一八日達夫の頼みにより、事故を任意保険の対象とするため、事故前の同月一六日に保険契約が締結され保険料も支払われているように見せかける書類上の操作をしたことは、第一次及び第二次請求についての判断において認定したとおりである。これによつて、立石は達夫に対し、請求により保険金給付の手続をする姿勢を事実上示したものということができる。この点につき、第一審被告は、立石は達夫から絶対に任意保険は使わないが、無保険では警察に具合が悪いので、形だけ任意保険に加入していたことにしてほしいと頼まれたにすぎないと主張し、右主張に副う原審証人立石隆章の証言もあるけれども、前記認定の立石の行動に照らすと、右証言はとうてい措信できない。
2 <証拠>によれば、三枝は同月二〇日頃亡茂夫の兄で第一審原告らの長男である小林信之と同人から事故に関して相談を受けていた社会保険労務士石川誠寿に対し、本件車両の保有者が任意保険に加入している旨を告げたことが認められる。そして、真下が同年三月五日信之と石川に対し、本件について第一審被告の保険金支払義務を認める旨の発言をしたことは、さきに認定したとおりである。
3 亡茂夫は昭和五六年一二月一四日株式会社清水組を退職して無職となつたが、国保の被保険者資格取得の届出をしていなかつたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、第一審原告らは亡茂夫につき入院時から死亡まで自由診療による治療を受けさせ、その入院治療費は合計一五八七万九七八〇円で、全額自賠費により大成火災海上保険株式会社から大宮中央総合病院に支払われたことが認められる。
4 第一審原告らは、右1、2の事実から亡茂夫の治療費は全額任意保険で填補されるものと考え、亡茂夫につき国保の届出手続をとらなかつたのであり、第一審被告の被用者である立石及び真下の右1、2の行為により、自由診療による治療費と社会保険診療による治療費の負担の差額に相当する損害を被つたとして、第一審被告の使用者責任を主張する。
国民健康保険法五条、六条、七条、九条一項、七六条及び同法施行規則三条によれば、会社に勤務するなどして他の社会保険の適用を受けていた者が、離職等によりその適用を受けなくなつたときは、当然に国保の被保険者資格を取得し、世帯主はその旨を一四日以内に保険者である市町村に届け出るとともに、保険料納入の義務を負うものとされている。この意味で国保は強制加入であり、該当者はこれに加入すると否との自由を有しているわけではない。
成立に争いのない甲第三〇号証によれば、亡茂夫は独身であるが、両親である第一審原告らからは独立して同じ市内に世帯を構えていたことが認められるところ、亡茂夫が事故当時国保の届出手続を懈怠していた理由は明らかでないが、離職後一か月余と日も浅く、未だ保険給付を受ける必要のある事態に遭遇していなかつたため、届出の必要を認識するに至らなかつたものと推察される。しかし、本来このようなことは是認されてよいわけのものではなく、亡茂夫としては事故の発生時であると発生後であるとにかかわりなく(発生後は保護義務者である第一審原告らにおいて亡茂夫のため)速やかに届出手続をとる義務があつたのであり、任意保険から保険給付が得られるときは国保に加入しなくてよいということにはならない。本件において、信之や第一審原告らが第一審被告の従業員である立石や真下から直接又は間接に、本件車両の保有者が任意保険に加入している旨、あるいは第一審被告が保険金支払義務を負う旨を聞かされたからといつて、右義務はいささかも左右されないのである。
たしかに第一審原告らの心情としては、任意保険による保険給付が受けられるなら国保の届出をして保険料を支出するには及ばないと考えたであろうことは容易に想像できるところであるけれども、本来国保加入につきこのような選択の自由はないものであることは、右に述べたことから明らかであるのみならず、原審証人真下伸次、高島紀雅、当審証人石川誠寿、原審及び当審証人小林信之の各証言によれば、真下は昭和五七年三月五日信之と石川に対し、第一審被告の保険金支払義務があることを前提としつつも、亡茂夫の治療費が多額にのぼり、かつ過失相殺も見込まれるとして、亡茂夫について国保の届出をして国保診療に切り替えるよう勧めたが、信之側では診療の内容についての懸念からすぐにはこれに応じなかつたことが認められ、亡茂夫につき自由診療を継続したのは同人側の自由意思による面もあつたと推認することができる。
このような点を総合して考察すると、立石及び真下の言動が国保診療(届出を前提とする。)と自由診療のいずれを選択するかについての第一審原告らの意思決定の上にある程度の影響を及ぼしたことは否定できないという意味での事実的因果関係はあつたといえるとしても、右のような言動があれば被害者側は通常国保の届出をしないで自由診療を選ぶであろうとはいえないのであり、そこには法的責任の成立範囲を画する限界としての相当因果関係は存しないと解するのが相当である。
5 そうだとすると、第一審被告につき使用者責任は成立せず、第一審原告らの第三次請求は理由がないといわなければならない。
三結論
以上の次第で、原判決中第三次請求を一部認容した部分は失当であるから、第一審被告の控訴に基づきこれを取り消し、その余の部分に関する第一審原告らの控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官西山俊彦 裁判官藤井正雄 裁判官武藤冬士己)